【第98回】Colonialism|Globalism と Standardization《中篇》19~20世紀前半 帝国主義(Imperialism)―英仏・米からのアジア独立解放(2/2)―
※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。
(【第97回】から続く)
①白人国家同士の内紛(西欧 対 中欧)
元名古屋大学教授・木谷勤氏は、その著書『帝国主義と世界の一体化』の<⑥ヨーロッパの分裂と「周辺」民族主義のめざめ>で、20世紀欧州を舞台に起こった2つの世界大戦に関して、次のような機知に富んだ見解を述べている。(下線・括弧内筆者)
(前略)一九世紀以来ドイツ知識人のあいだに深く根をおろした西欧の「堕落した文明」にたいする中欧=ドイツの「創造的文化」の優越性というステレオタイプが、イデオロギー戦争の武器として取り上げられた。物質対精神、啓蒙的合理主義の明快にたいするロマン主義の深淵・複雑といった文化的異質性の主張ととともに、西欧議会政治の民主主義にたいしドイツ立憲政治の権威主義の優位が強調され、フランス革命に由来する「一七八九年の理念」にたいし「一九一四年の理念」が喧伝された。「遅れてきた国民」という歴史的条件に加えて、中欧という地政学的条件から生まれたこの理念(西欧的ヒューマニズムにたいする敵意)は、大戦中連合国による包囲から生まれた軍事的、経済的そしてイデオロギー的孤立のなかでさらに内攻し、研ぎすまされた。
(前略)しかも植民地民衆の目に、同じ文明と神(キリスト教文明)の名のもとに殺しあいを続ける白人支配者の姿は今までと違って映りはじめていたに違いない。(中略)同様に一九二一年に『白人支配にたいする有色人種の上げ潮』を著したT・L・ストッダードは、大戦中のこの変化についてつぎのようにいっている。「有色人種は突然、白人たちがたがいに相手を不倶戴天の敵として激しく非難するのをみた。白人自身のつくった政治的・精神的亀裂から生まれた彼らの団結の裂け目がもはや修復できないのをみた。」
この構図は、Trump 政権の登場が生んだ現在(21世紀)の「米欧間の(静かな)対立」状況と重なって見える。
②「白」対「有色」
木谷氏は同著の<⑤支配・差別・排除>で、「社会進化論」(社会ダーウィニズム)を説いた19世紀・英国の社会学者 Herbert Spencer が抱いていた人種偏見の認識を、以下のように取り上げている。(下線筆者)
しかしそのスペンサーさえ「文明人」(ヨーロッパ人)と「野蛮人」のあいだに生物学的形質の差異をみて、「脳髄をおおう骨の大きさが大きいほど高等であり、頸骨その他も、人間のほうがほかの動物より頑健であり、さらにヨーロッパ人のほうが野蛮人よりも頑健である」また「ヨーロッパ人が子どものときもっていた下等人種に似た特徴―たとえば偏平な鼻―は成長するにつれ消える。つまり野蛮人種の特徴は文明人種のそれに変わる」と大まじめでいっていた。すなわちスペンサーは、人種によって異なる体の諸特徴に、そのまま文明人・野蛮人・動物、あるいは高等・下等の物差しではかった優劣の関係をみていたのである。
また注釈において、人間を皮膚の色で差別する偏見は欧州白人だけのものではないとして、次のように興味深い説明を加えている。(下線筆者)
(前略)たとえばインド(ヒンドゥー教)のカーストにおける四姓(ヴァルナ)はもともと肌の色を意味し、バラモン(白)、クシャトリア(赤)、ヴァイシャ(黄)、シュードラ(黒)と明るい色が暗い色より優位にたった。またある人種の肌色をどうみるかもときと事情によって変わり、ヨーロッパ人は中国人や日本人を十八世紀には「白」とみていたが十九世紀後半には「黄」とみなすようになった。
③石原氏・安倍氏の歴史認識(欧米史観)
保守政治家の石原慎太郎氏はかつて、その公式ウェブサイト 歴史の蓋然性について ー白人世界支配は終わったー|コラム|石原慎太郎公式サイト | 宣戦布告.net 上で、18世紀後半の、新大陸における白人中心国家・米国の成立における根底的かつ歴史的事実を痛烈に問うている。(抜粋、下線筆者)
今日声高に人権と民主主義を説いているアメリカもまたあの厖大なアメリカ大陸を、原住民だったアメリカインディアンを殺戮駆逐することで領有し国家として成立したのです。アメリカ大陸の東西を結ぶ大陸横断鉄道は白人たちが一方的に拉致してきて鉄道建設のために働かせた厖大な数のシナ人奴隷によって建設されたのです。
同氏はまた、日米貿易摩擦の最中(さなか)であった1989年(平成元年)に『「NO」と言える日本』を著し(共著)大きな話題を呼んだ。その中で、米国が日本に対してもつ人種偏見について言及している。(抜粋、下線筆者)
アメリカ人の人種偏見というのは、自国文化の自負に根を発しているわけで、確かにアメリカ人も含めたホワイトが近代をつくってきた、という自負はわかります。だが、その自負が強烈すぎてアメリカ自身、新興国だから、他国文化、とくにアジアへの視点に曇りがあるのではないか。
なお石原氏の歴史認識や欧米史観に相通ずるものとして、安倍晋三内閣総理大臣の未公開の肉声を収録した『安倍晋三 回顧録』の第5章「歴史認識」において、「キーワード網羅した戦後70年談話」と題した一節がある。ここで安倍氏の歴史観、欧米史観が極めて明確に示されている。その中で幾つか述べられた特筆すべき氏の言を以下に引用する。 (抜粋・下線・括弧内筆者)
村山談話(60年談話)の間違いは、善悪の基準に立って、日本が犯罪を犯したという前提で謝罪をしていることです。日本という国だけを見て、すみません、ということなのです。では、当時の世界はどうだったのか、という視点がすっぽり抜けている。70年談話は、日本は国際社会の潮流を見誤ったという、政策的な現状認識の誤りに基づいているのです。ここが決定的に違う。さらに、時間軸を100年前まで戻し、ここから未来に向けてどうしていくか、という視点を入れたのです。
村山談話は、日本だけが植民地支配をしたかのごとく書かれている。戦前は、欧米各国も植民地支配をしていたでしょう。人種差別が当たり前の時代、アフリカで残虐なことをしていた国もある。ベルギーの国王が、残虐行為をしたとしてコンゴ共和国に謝罪したのは、(ごく最近の)2020年ですよ。日本は過去、繰り返し中国や韓国、東南アジアに謝罪し、政府開発援助(ODA)などを通して実質的に賠償までしてきたでしょう。
19年のフランス・ビアリッツでのG7サミットで、ロシアによるクリミア半島の併合問題を議論している時、ある首脳が「クリミアを侵略したという一点をもって、ロシアを非難しなければならない」と言ったのです。これにボリス・ジョンソン英首相は反対しました。ジョンソンは「侵略という言葉を軽々に使わないでほしい。英国は歴史上、今の世界の4分の1の国を侵略したんだ」と言っていました。歴史学者のジョンソンはさすがですよ。

※参考文献
木谷勤『帝国主義と世界の一体化』、山川出版社、1997年
松原久子(ドイツ語原著)、田中敏(訳)『』、文藝春秋、2005年
三谷郁也『白人侵略 最後の獲物は日本 ─なぜ征服されなかったのか 一気に読める500年通史』、ハート出版、2021年
石原慎太郎『「NO」と言える日本:新日米関係の方策』、光文社、1989年
安倍晋三(著)・橋本五郎(聞き手)・尾山宏(聞き手・構成)・北村滋(監修)『安倍晋三 回顧録』、中央公論新社、2023年






