【第99回】Colonialism|Globalism と Standardization《後篇》「国際標準化」視点の「欧米史観」―「統治」「支配」と Rule Making(1/2)―
※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。
(【第98回】から続く)
先に見てきた様に、15世紀以降、欧米諸国の根底に内在する「植民地主義」(Colonialism)を現在唱えられている「Globalism」と同義に捉え、またそれらに通底する「国際標準化」(International Standardization)の考え方から「欧米史観」(Historical Perspective on the West)を洞察する。「大航海時代」(Age of Discovery|Age of Exploration)(15世紀~17世紀)と、その後の米国(新大陸における白人中心国家)の成立(18世紀後半)、列強の「帝国主義」(Imperialism)の動き(19世紀~20世紀前半)は、世界中の非白人地域に対する「植民地支配」(Colonial Rule)を正当化(Justification)してきた歴史ともいえる。
スタンフォード大学フーヴァー研究所特別研究員の松原久子氏によるドイツ語原著(訳・田中敏氏)『』、その「著者あとがき」に、上記を裏打ちするような次の記述がある。(下線筆者)
(前略)尚、大航海時代を通して発達したヨーロッパの対外姿勢をそのまま受け継いだアメリカは、ヨーロッパより一段と大きな規模で複眼的に国益を追求している。それは、全世界を網羅し、唯一の超軍事大国として地球上に三百七十五の基地を擁し、いざとなれば、内政干渉、クーデターによるマリオネット政権樹立、言うことを聞かねば経済制裁、あるいは軍事行動も辞さぬ覚悟である。同時にグローバリズムの掛け声によってすべての市場を開放させ、経済の大元である石油をコントロールし、石油の世界的配分をコントロールする。欲しいものは欲しいのであり、その獲得に邁進する。十九世紀のイギリスにおいて、王室、議会、大衆が一体となって犯罪的なアヘン戦争を正義の闘いとして支持したが、その時に決定的な役割を演じたのがマスコミであった。この知恵を受け継いだアメリカは、マスコミ操作にかけては驚くべき巧妙さと傍若無人ぶりを発達させた。大新聞や三大テレビのスポンサーが軍需産業であり、石油メジャーであるから、彼らが政権と一体となってマスコミを動かすことは容易である。
①国際標準化
国際標準化の定義や目的・意義として以下の説明が該当する。(下線筆者)
JISC(Japanese Industrial Standards Committee/日本産業標準調査会) 日本産業標準調査会:国際標準化(ISO/IEC)-国際標準化について
国際標準(Global Standard)とは、製品の品質、性能、安全性、寸法、試験方法などに関する国際的な取極めのことです。そもそも、国際標準は工業化社会が到来し製品が国境を超える交易の対象となって間もなく登場したもので、経済活動が国内交易で完結せず国際貿易に依存するようになったことの必然的結果です。
JISA(Japan Information Technology Services Industry Association/情報サービス産業協会) 標準化と国家戦略
近代の工業技術の国際的な標準化は、ヨーロッパ各国からはじまった。一つの大陸内に隣接した国々に、社会的なインフラである電気、通信、鉄道、水道などを整備する際に、国単位の規格の乱立では大きな問題が生ずるため、各国共通の規格で統一する必要がある。また、これらのインフラを構成する機械、建設、度量衡などの計測手段なども共通の規格が必要になる。ヨーロッパの国々にとっては、工業技術の進歩によって国際標準化を進めることが必然となった。それに対して、アメリカや島国である日本では、国家としての標準は必要であっても、国際標準化の必要性は強くは認識されなかった。
JSA(Japanese Standards Association/日本規格協会) pdf_jsa_322.pdf
最も身近にある標準は「言葉」や「文字」であろう。言葉や文字は自然に標準化されたものであり、人間と人間のインターフェースである。つまり標準化とはインターフェースを作ることである。ゆえに言葉や文字が標準化されているおかげで、人間と人間の間で情報が交換できるのである。これに対し、人工的に作ったものに、ルールや法律がある。これは人工的に作られた標準である。
また国際標準化は以下の3つに分類される。
・デジュール標準(De jure Standard)
デジュールは、公的標準化機関で定められた手順と明文化された公開手続きにより合意を得た標準。各国の主管庁が関与するため、場合により審議調整に時間を要することがある。
・フォーラム標準(Forum Standard)
フォーラムは、特定の技術や製品に利害関係や関心をもつ複数の企業や団体でフォーラムと呼ばれる業界団体が結成され、そのフォーラム内の合意により形成される標準。これにより柔軟かつ迅速な意思決定や標準策定が見込まれる。
・デファクト標準(De facto Standard)
デファクトは、市場における企業間の競争や消費者の選択行動などの淘汰を経て、広く一般に利用される様になった「事実上」の業界標準。
②欧米による「Rule Making」
経済産業省行政官で一橋大学経営管理研究科教授、江藤学氏の著書『』、その「はじめに」に以下の記述がある。(下線筆者)
標準化の重要性が様々な場で指摘されるようになって久しい。欧米諸国によってつくられた国際標準をフォローする時代は終わり、標準化に代表される製品やサービスに関する国際ルールづくりを率先して行わなければ、グローバルビジネスで生き残ることが困難な時代となった。そのなかで日本は、欧米先進国のみならず、韓国、中国などにも大きく遅れを取りつつある。1990年代後半、日本は欧米がセッティングしたルールに従い、技術的キャッチアップを行い、高品質と低価格で徐々に市場を拡大して成長することに成功してきた。このフォロワーとしての成功体験が、自ら標準化をリードし、ルールセッティングに関与していくことの重要性を置き去りにした。
英語の「ルール」(Rule)は、「規則」「方式」といった他に、「統治」「支配」という意味も有している。標準化とは経済・産業・ビジネスの領域で「既にあるルールや取り決め」に「則り、合わせ、従う」ことである。とりわけ国際標準化においては、「ルール作り」(Rule Making)を主導する側に立つことで、自国の通商政策や国内企業の経営戦略にとって優位な状況を生み出し、国際市場で主導権を握ることが可能になる。すなわち他国に対して合法的に「自国のルールや取り決め」に「則り」「合わせ」「従わせ」、他国(市場)の統治・支配にとって優位な状況を構築することになる。そしてこの Rule Making の考え方は「政治」「軍事」や「社会」「文化」の領域にも適用されうる。
※参考文献
青木高夫『』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年
伊藤毅『』、日本経済新聞出版、2022年
松原久子(ドイツ語原著)、田中敏(訳)『』、文藝春秋、2005年
三谷郁也『白人侵略 最後の獲物は日本 ─なぜ征服されなかったのか 一気に読める500年通史』、ハート出版、2021年
施光恒『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』、集英社、2015年
鳥飼玖美子『「英語公用語」は何が問題か』、角川書店、2010年
成毛眞『日本人の9割に英語はいらない』、祥伝社、2013年
江藤学『標準化ビジネス戦略大全』、日本経済新聞出版、2021年
日本規格協会『』、日本規格協会、2003年
小山久美子『』、御茶の水書房、2016年






