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【第94回】日本神話の神々《其ノ三》「神武天皇聖蹟 難波之碕(なにわのみさき)」/教育勅語と「君が代」(Kimi ga Yo, National Anthem of Japan)

※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。

①大阪天満宮境内の「神武天皇聖蹟難波之碕顕彰碑」

(執筆中)

干支(十二支)の「午年(丙午)」にあたる2026年(令和8年)正月、大阪市北区の「大阪天満宮」 大阪天満宮 を詣でた。2027年(令和9年)は延喜三年に菅原道真公(天神様)が薨去してから1125年に当たる。全国の天神社では「二十五年」毎に式年大祭を斎行しているが、当宮もこの節目の年に「菅原道真公千百二十五年式年大祭」を斎行する。式年大祭の前後にあたる現在、本殿屋根の葺き替えや宝物収蔵庫の新設などの記念工事が行われている。

「日本書紀」および「古事記」の伝承によると、「神日本磐余彦火火出見天皇」(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと)(※1)は、日向(ひむか/現在の宮崎)の「高千穂の宮」から瀬戸内海を東に進んで難波(現在の大阪)に上陸、生駒の豪族「長髄彦」(ながすねひこ)に阻まれ南下して熊野へ回った。そこに飛来した「八咫烏」(やたがらす)(※2)<日本書紀では「金鵄」(きんし)(※3)>に導かれて吉野の険しい山を越えて大和に入る。周辺の勢力を従え最後に宿敵・賊軍の長髄彦を倒して大和を平定(神武東征)。「紀元前660年2月11日」(皇紀元年/辛酉年1月1日)に畝傍山の東南、「橿原宮」(かしはらのみや)(皇居)にて、第一代天皇「諡(おくりな)・神武天皇」に即位されたとある。

「日本書紀」によると、この「難波之碕」(なにわのみさき)は神武東征の際に至った地とされ、その折に内海(大阪湾)の浪(なみ)が速く急流が生じて操船が難しかったため、「浪速」の名を得て後に「難波」となったとされる。

天皇家は世界最古・最長の万世一系(ばんせいいっけい)による王家・王朝(Dynasty)で、令和の今上陛下(諱徳仁/なるひと)で第126代となる。「日本書紀」および「古事記」の伝承によると、2,600年以上の歴史を有し、実在が確かな天皇から数えても世界最古・最長といえる。6世紀前半に実在し血筋の連続性が確かとされる、第26代「継体(けいたい)天皇」から数えても100代、1,500年以上を経る。

(※1)神日本磐余彦火火出見天皇:日本書紀における諱(いみな)
(※2)八咫烏:古事記における神武天皇東征の際、熊野から大和へ入る山中を導くため「高御産巣日神」から遣わされたとする、3本足の大きな烏(からす)(Three-legged Raven
(※3)金鵄:日本書紀における神武天皇東征の際、熊野から大和へ入る山中を導くため「天照大御神」から遣わされたとする、金色に光り輝く鳶(とび)(Golden Kite

⇧鈴生り(すずなり)の参拝客

⇧(写真上)正門(表大門)にかかる大しめ縄、(写真下)十二支方位盤

⇧神武天皇聖蹟難波之碕顕彰碑(じんむてんのうせいせきなにわのみさきけんしょうひ)、昭和十五年十一月 紀元二千六百年奉祝會

②教育勅語の神話的國體観と「君が代」

⇧「さざれ石」、奉納:岐阜県揖斐郡春日村 泰志庵

国歌(National Anthem)『君が代』(Kimi ga Yo君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで―

この歌詞は「和漢朗詠集」に始まり、その原型は「古今和歌集」に見いだされる。いずれも「詠み人知らず」で登載されている。1880年(明治13年)宮内省 式部寮雅楽課における伶人長(れいじんちょう)・林広守(はやしひろもり)の作曲、ドイツ人軍楽隊指揮者・作曲家で音楽教師 Franz Eckert 編曲による。1893年(明治26年)文部省により「祝日大祭日唱歌」として官報で告示され、事実上の国歌となった。「君が代」は、1890年(明治23年)の「教育勅語」発布以後、学校教育(尋常小学校・高等小学校)での唱歌を通して普及が推し進められた。こうした教育の場で尊重されたのは、まさに「神話的國體観」に裏打ちされた「国や家への敬慕」であった。長い時を経て1999年(平成11年)施行の「国旗及び国歌に関する法律」 国旗及び国歌に関する法律 | e-Gov 法令検索 で、ようやく正式な国歌として規定された。

「君が代」のもつ荘厳、鷹揚かつ静謐な曲調は、「雅楽」の「六調子」(ろくちょうし)のうち「壱越調」(いちこつちょう)の音階に基づいている。「雅楽」は、日本では奈良時代から平安時代にかけて大陸より伝わり、宮廷・寺社の儀礼・祭礼において奏され、現在に伝わるものである。またその歌詞はわずか32文字に凝縮されており、世界の国歌のうちで最も短いとされる。

歌詞に登場するさざれ石(細石)(Pebbles)は元々「小さな石」「細かい石」を指し、これらの集まった隙間に炭酸カルシウム等が入り込み「一つの大きな塊(かたまり)」となっている。悠久の歴史の中で「小さな石」が集まりできた「岩/巌(いわお)」に苔(こけ)が生じる様に、「国民一人一人」が結束して「国」が末永く栄え平和である様にとの意味が込められている。

【参考】日本神話の系図(「日本書紀」「古事記」表記を基に筆者作成、薄青:男神/薄赤:女神) 家系図をエクセルで作る方法を動画で解説!無料テンプレート付き! | 家系図作成の家樹-Kaju-

※参考文献

外池昇『神武天皇の歴史学』、講談社、2024年
吉川徹『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』、光文社、2025年
加来耕三『十干十二支の大予言: 歴史に学び、未来を読む』、笠間書院、2025年

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著者プロフィール

有田 仁(Jin Arita)

1966年(昭和・丙午)大阪府堺市生まれ。有田アセットマネジメント代表取締役。大阪工業大学大学院 知的財産研究科修了。NTT(日本電信電話) グループ・髙島屋等、「公益」と「伝統」に根ざした宮仕えで「修身」に努む。その傍ら知的財産分野の学術研究・学会発表等「表現」の世界へ。研究論文に「クラウドセキュリティ技術分野の知的財産戦略に関する研究 ―通信事業者への提言―」(大阪工業大学大学院 紀要「知的財産専門研究」2016年)等。さらに米国関連団体(在日米国商工会議所・クラウドセキュリティアライアンス日本支部)等で「公務」参画。

世界三大墳墓・仁徳天皇陵古墳を含む百舌鳥古墳群近傍に生を受け、外祖母の先祖は江戸初期より代々、出雲国・雲州松江藩(松平家)に禄を食む。天皇大権と元老制度が存した昭和改元時の宰相で、重臣として昭和天皇を輔弼した若槻男爵は遠い姻戚。また大日本體育協會 第2代会長や国際オリンピック委員会(IOC)委員として戦前の東京五輪招致に尽力した、貴族院議員・東京弁護士会 会長の岸清一博士は親戚筋。連載コラム「時論」では社会の諸相を週次で論じ、半生を費やした宮仕えから早めに身を退いた、還暦間近の己(おのれ)の人生を総決算。外祖母の遺した「徳育」そして日本(対欧米)の歴史観・伝統的価値観の視座で、平成・令和社会への違和感を問う。

要介護5(Dementia )の母に筆者とともに五感で接する当社海外渉外顧問の Wolf(脳神経学博士・心理学専攻)。その内助の功あって、現下は政治社会思想を扱う2026年春の上梓に向けた取材と執筆の日々。座右の銘は「温故知新」「和魂洋才」「古今東西」。

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