【第65回】『恍惚の人』「少子高齢化」と「介護(Nursing Care)の社会化」に係る洞察《後篇》―介護保険制度・費用と抗アミロイド β 抗体薬の現状―

⇧(写真右下)介護施設で筆者母に遇する Wolf(当社海外渉外顧問/「脳神経学」博士)
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。
①有吉佐和子『恍惚の人』と「介護の社会化」
今からおよそ半世紀前の1972年(昭和47年)に発表された、作家・有吉佐和子氏によるベストセラー『』は、近年の「認知症(Dementia)」(昭和期~平成期半ばの呼称は「痴呆症」)および「高齢者介護」問題に先鞭を付けた長編小説である。翌1973年(昭和48年)には森繁久弥氏、高峰秀子氏ら主演による映画化もされている。令和の現在、痴呆高齢者を扱った同書はますます今日性を強めている。
従来の「家族」(肉親)による介護負担を軽減し、高齢者介護を「社会全体」で支えるために2000年(平成12年)「介護保険制度」が施行された。これは介護サービス提供に必要な費用等を、国民が納める保険料と公費(税金)で賄うものである。厚生労働省の「第9期計画期間における介護保険の第1号保険料について」 001253798.pdf によれば、要介護・要支援認定者数は2025年(令和7年)度で約717万人である。この制度がなければ、「介護離職」によって職場は回らず介護負担に耐えかねた家庭崩壊が続出していた恐れもある。介護保険制度は高齢化の問題に「介護の社会化」という回答を用意したが、そのコストは膨大な財政負担となって私たちの肩にのしかかってくる。
筆者は勤務先(NTT グループ)で、時短勤務を経て2024年(令和6年)より介護休職を申請の上、母(要介護5)の介護を続けている。母の症状(Symptom)で最も懸念されるものが「認知症」である。当社海外渉外顧問で「脳神経学」博士である Wolf の卓越した見識も参考に、「認知症」への向き合い方を日々考察している。「厚生労働省」の定義 知っておきたい認知症の基本 | 政府広報オンライン (gov-online.go.jp) によると、「認知症」とは「様々な脳の病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした状態」とある。また「認知症」を引き起こす最多のものは「アルツハイマー病」など、「海馬」(hippocampus/大脳側頭葉の内側にある部位)等の神経細胞に萎縮や、神経細胞の接点(synapse)を含めた減少がみられる、「神経変性疾患」と呼ばれる病気である。
当初は、数年間続けた在宅介護の継続(通所介護主体)が筆者の本意であったが、冬季に罹患した褥瘡(床擦れ)による入院治療を機に老健施設への入所継続(事実上の施設介護)を余儀なくされ、現在に至っている。そこで筆者の取った選択は、自身が週の過半を介護施設の現場に入り込み、専門職スタッフの傍らで、肉親の介護実務を主体的に実践するものであった。具体的な内容は、母の食事介助(排泄・入浴等の介助は施設側の範疇)や訪問治療への立ち合い、個室での音楽療法(ピアノ演奏)や身体リハビリ(歩行練習等)・レクリエーション参画、また外部美容室等、近隣(娑婆)への外出機会の創出などである。これらに付随して、母名義資産の家族代理人として証券会社等との管理運用対応にも携わる。しかしそれらをもってしても、この1年余は、母の認知症と身体機能(特に脚力)低下の進行速度を辛うじて遅らせるのみであった様に感ずる。
いま振り返るに十余年前の筆者父逝去の後、少なくとも「令和」に入ってより、母の認知症が徐々に顕在化した様に記憶する。生来、勁烈 ( けいれつ )な性格で、前述の『』を揶揄していた母自身が、認知症を発症し「幼児退行」を伴う重い要介護者となるなど、筆者にとり夢にも思わぬ仕儀であった。また時期をほぼ同じくして、新型コロナウイルスをはじめとした感染症の拡大が社会を覆い、介護現場においても家族との面会に制約が課されるなど、悪条件が重なった。急激に高齢化が進む日本においては、「平均寿命」とともに「健康寿命」をいかに延ばすかが肝要との考え方に大いに首肯する。
②介護保険制度と介護給付
(執筆中)
厚生労働省の「介護サービス情報公表システム」 介護保険とは | 介護保険の解説 | 介護事業所・生活関連情報検索「介護サービス情報公表システム」 によれば、「介護保険制度」は2000年(平成12年)4月から開始され、市区町村(保険者)が制度を運営している。私たちは40歳になると「被保険者」として介護保険に加入し、介護保険料を毎月支払うこととなる。この保険料は、介護保険サービス(介護給付)を運営していくための必要な財源となっている。また高齢者と定義される65歳以上では、市区町村(保険者)が実施する「要介護認定」において介護が必要と認定された場合、いつでもサービスを受けることができる。なお40歳~64歳については、介護保険の対象となる「特定疾病」(初老期の認知症、脳血管疾患など老化が原因とされる病気)により介護が必要と認定された場合は、介護サービスを受けることができる。
また、2015年(平成27年)4月からは介護保険の「予防給付」(「要支援」高齢者に対するサービス)のうち、介護予防訪問介護と介護予防通所介護が介護予防・日常生活支援総合事業(以下、「総合事業」)に移行され、市町村の事業として実施されている。総合事業には、従前の介護予防訪問介護と介護予防通所介護から移行し、要支援者と基本チェックリストで支援が必要と判断された対象者とに必要な支援を行う事業(サービス事業)と、65歳以上の高齢者に対して体操教室等の介護予防を行う事業(一般介護予防事業)がある。
こうした介護給付や予防給付のサービスを利用するには「要介護(要支援)認定」を受ける必要がある。介護保険サービスの対象者等は以下の通りである。
・40歳以上は介護保険の「被保険者」となり、65歳以上は「第1号被保険者」、40~64歳の医療保険加入者は「第2号被保険者」となる。
・介護保険サービスを利用できる対象は、65歳以上の「第1号被保険者」では、寝たきりや認知症などにより介護を必要とする状態(要介護状態)になったり、家事や身支度等の日常生活に支援が必要な状態(要支援状態)になった場合。40歳~64歳の「第2号被保険者」では、特定疾病により要介護状態や要支援状態になった場合。
③介護費用の費目内訳
(執筆中)
昨今における人生の三大支出は、「教育費」(子供の保育費・学費等)「住宅費」(購入費・ローン・修繕費等)そして「介護費用」。いずれも「支出総額の大きさ」と「支出期間の長さ」が共通している。介護者(子供等)にとって介護費用負担は、被介護者(父母等)の要介護度や介護期間と相関し、生活にのしかかる現実問題として年々厳しさを増している。これは本稿「前篇」で言及した「肉親の情」と表裏を成すものといえよう。
厚生労働省の「介護サービス情報公表システム」 サービスにかかる利用料 | 介護保険の解説 | 介護事業所・生活関連情報検索「介護サービス情報公表システム」 によれば、介護保険サービスを利用した場合の利用者負担は、介護サービスに要した費用の1割(一定以上所得者の場合は2割または3割)である。仮に1万円分のサービスを利用した場合に支払う費用は、1千円(2割の場合は2千円)となる。
まず「居宅サービス」を利用の場合(在宅介護)は、利用できるサービスの量(支給限度額)が「要介護度」別に定められている(1ヶ月あたりの限度額:下表の通り)。限度額の範囲内でサービスを利用した場合は、1割(一定以上所得者の場合は2割または3割)の自己負担となる。これら限度額を超えてサービスを利用した場合は、超過分が全額自己負担(実費)となる。

次に「介護保険施設」を利用の場合(施設介護)は、施設サービス費用の1割(一定以上所得者の場合は2割または3割)負担の他に、居住費、食費、日常生活費の負担も必要となる。ただし、所得の低い場合や、1ヶ月の利用料が高額になった場合については、別途、負担軽減措置が設けられている。施設サービスにおける自己負担の1ヶ月あたりの目安として、個室や多床室(相部屋)など住環境の違いによって負担額が変わってくる。以下は、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)における1ヶ月の自己負担額の目安である。

④最近における承認治療薬の情報
(執筆中)
厚生労働省の「アルツハイマー病の新しい治療薬について」 アルツハイマー病の新しい治療薬について |厚生労働省 によれば、1999年(平成11年)に国内で承認された、「神経細胞病理」による「ドネペジル(Donepezil)」/商品名「アリセプト(Aricept)」などに加え、「アミロイド病理」による「抗アミロイド β 抗体薬」が最近になって承認された。これは対症療法によるものでなく、アルツハイマー病の原因物質である「アミロイド β」(特異な蛋白質の沈着)に直接働きかけて除去し、病気の進行自体を抑制するものとして開発され、厚生労働省によって製造販売が承認されたものである。
この治療薬は、アルツハイマー病による認知症が軽度の時期、およびアルツハイマー病による軽度認知障害が対象となる。また検査(脳脊髄液検査またはアミロイド PET 検査)により、脳内にアミロイド β が沈着していることを明らかにする必要がある。これにより認知機能障害の悪化が有意に抑制されたとの報告がなされている。厚生労働省所管の国立研究開発法人である「国立長寿医療研究センター」 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター によれば、新たに承認された医薬品の情報は以下の通りである。
・レカネマブ(Lecanemab):商品名「レケンビ(Leqembi)」、日本のエーザイ社と米国のバイオジェン社が開発、2023年(令和5年)9月、国内で承認
・ドナネマブ(Donanemab):商品名「ケサンラ(Kisunla)」、米国のイーライリリー社が開発、2024年(令和6年)9月、国内で承認
レカネマブとドナネマブについて、脳内のアミロイド斑を除去する効果や、認知機能の低下を抑制する効果、また副作用の発症率において、両者に大きな相違は認められていない。ただしドナネマブの方が、少ない投与量と投与期間で沈着したアミロイド斑を除去できる可能性が指摘されている。
※参考文献
渡辺正仁『アルツハイマー病の発見者:Alois Alzheimer』、保健医療学雑誌6 (2)、2015年(平成27年)
池村義明『ドイツ精神医学の原典を読む』、医学書院、2008年(平成20年)
有吉佐和子『恍惚の人』、新潮社、1982年(昭和57年)
※関連学会情報
The Alzheimer’s Association International Conference(AAIC) AAIC | July 27-31, 2025 | Alzheimer's Association
Alzheimer’s Disease International(ADI) Home | Alzheimer's Disease International (ADI) (alzint.org)
International Conference on Alzheimer’s and Parkinson’s Diseases(AD/PD) AD/PD™ 2025 Alzheimer’s & Parkinson’s Diseases Conference (kenes.com)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)
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