【第108回】永田町「国立国会図書館」(National Diet Library)叩扉(こうひ)《3/4》/「帝國図書館」と「湯島聖堂」「昌平坂学問所」「書籍館」の系譜
※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。
(【第107回】から続く)
①「帝國図書館」(上野図書館)/煉瓦棟建築と著名作家
東京都台東区上野公園に所在する「国立国会図書館 国際子ども図書館」の前身である「帝國図書館」(Imperial Library)は、大東亜戦争(対米戦争)以前における唯一の国立図書館であった。「国立国会図書館」の年表 第1部 年表 | 本の玉手箱 によると、帝國図書館は明治初期に設立の「書籍館」(しょじゃくかん/図書館の古称)をその淵源(えんげん)として1906年(明治39年)に建設された。帝國図書館は上野公園の丘に所在したことから、「上野図書館」の通称で長く親しまれた。戦後の1947年(昭和22年)に「国立図書館」と改称、1948年(昭和23年)に国立国会図書館が旧赤坂離宮(現・迎賓館)に開館した。国立図書館自体は1949年(昭和24年)に「国立国会図書館支部 上野図書館」となる。
その歴史ある建物(煉瓦棟)は明治期を代表するルネッサンス様式の洋風建築の一つ。前景は緩いアーチの大きな開口部(窓)が特徴で、外壁は、明灰色の白丁場石(安山岩の一種)とベージュ色のフランス積みによる化粧煉瓦(ゴマ掛け煉瓦)が印象的である。 施設の紹介(ギャラリー) | 国際子ども図書館 | 国立国会図書館 設計に携わった建築家は、久留正道(くるまさみち)、真水英夫(まみずひでお)、岡田時太郎(おかだときたろう)の3名。 建築家の記録 | 国際子ども図書館 | 国立国会図書館 同建物は2000年(平成12年)より、国立の児童書専門図書館である国立国会図書館 国際子ども図書館 国立国会図書館国際子ども図書館 として利用され、旧態を留めている。
また同館には多くの著名な作家、文学者が訪れており、その小説・随筆の中に数多く登場している。 帝国図書館の歴史 | 国際子ども図書館 | 国立国会図書館 下記の作品の中で、帝國図書館の当時の様子が窺われる。芥川龍之介『大道寺信輔の半生』、田山花袋『東京の三十年』、谷崎潤一郎『ハッサン・カンの妖術』、和辻哲郎『自叙伝の試み』、宮澤賢治『図書館幻想』、菊池寛『出世』、森鴎外『渋江抽齋』。




⇧前庭の「小泉八雲顕彰碑」、東京帝國大学時代の八雲の教え子で詩人・英文学者の土井晩翠(どいばんすい)氏、その子息・英一氏の遺言により建立、台上の天使群像は彫刻家・小倉右一郎(おぐらういちろう)氏作「蜜」

⇧「東京国立博物館」前庭から望む「上野恩賜公園」
②「湯島聖堂」「昌平坂学問所」から「書籍館」への系譜
1872年(明治5年)、文部省博物局は東京都文京区に所在の「湯島聖堂」 史跡湯島聖堂 | 文京区観光協会 内に書籍館を設置した。湯島聖堂は1690年(元禄3年)、林羅山邸内にあった孔子廟を徳川幕府5代将軍・綱吉公が当地へ移し、儒学振興の場として建立したのが始まりである。1797年(寛政9年)には、その西隣に幕府直轄の「昌平坂学問所」(しょうへいざかがくもんじょ) ようこそ 歴史資料の宝庫へ:国立公文書館 が開設された。昌平坂学問所は、家康公に仕えた儒学(朱子学)者の林羅山が1630年(寛永7年)に上野忍岡の地に設立した私塾に始まり、1690年(元禄3年)神田湯島に移転後、寛政の改革に際して幕府直轄の学問所となった。当所では「朱子学」を正学とし幕臣や藩士などの教育にあたった。書籍館は旧徳川幕府の「昌平坂学問所」「和学講談所」「蕃書調所」(ばんしょしらべしょ)などの所蔵していた貴重な古典籍を蔵書の基礎としていた。
1874年(明治7年)に書籍館は浅草蔵前に移転し「浅草文庫」と称した。その後1875年(明治8年)に「東京書籍館」と改称、1880年(明治13年)には「東京図書館」となった。1885年(明治18年)には上野の地に移転となり、1890年(明治23年)衆議院・貴族院事務局編纂課の設置(議会両院図書室の創始)となる。なお太政官博覧会事務局に残された旧徳川幕府系の蔵書は、内務省所管の「浅草文庫」を経て「内閣文庫」(現・「国立公文書館」内)「帝室博物館」(現・「東京国立博物館」)などに移り現在に至っている。






