【第111回】「京都哲学研究所」《其ノ五》「人工知能」(AI)に対峙する哲学対話(Dialogue)/Paraconsistent World―生命と IT の〈あいだ〉(2/2)
⇧約10年前に参加した「NTT R&D FORUM 2017」(開催地:NTT 武蔵野研究開発センタ)、2020年からの新型コロナウイルス禍を通じ社会はどう変容したか?
※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。


⇧京都大学本部および大学院文学研究科の入る吉田キャンパス正門前の筆者
(【第108回】から続く)
①グローバルとローカルの〈あいだ〉
NTT 取締役会長、澤田純氏の著書『パラコンシステント・ワールド―次世代通信 IOWN と描く、生命と IT の〈あいだ〉』。その第Ⅱ部「IOWN Dialogue 02 グローバルとローカルの〈あいだ〉」で、同氏は京都大学26代総長で霊長類学者・人類学者の山際壽一(やまぎわじゅいち)氏との対話を通じ、新型コロナウイルス禍を通じた社会の変容を起点に議論を展開させている。対話者は他に、京都大学文学部哲学専修教授で哲学者の出口康夫(でぐちやすお)氏。(以下、筆者概括、敬称略)
・(山際)遠隔会議では、コスト(時間・距離)を軽減して多人数が障壁なく参加でき、続けて2つの会議への参加なども実現しえた。一方で対面会議では、対話・議論の中で創造的な思考が生まれやすく、相手の反応を窺いながら触発される意図せぬ発見や展開も得られる。また現場調査では、(とりわけ動物を相手にする際は)手を使って実際に作業し、状況を共有することが不可欠になる。人間の「思い」など「言葉(データ)に置き換えられないもの」があるが、これがデジタル化により消失してしまう危険がある。
・(澤田)医療従事者や保育・介護の現場など、人と直接接しなければならない仕事について、(デジタル化による)支援のあり方が問われている。
・(山際)コロナ禍で、家庭内でこれまで対価を払われてこなかった家事や介護などの仕事の尊さが再認識された。そうした仕事を「ロボット」や「人工知能」(Artificial Intelligence、以下「AI」)などの技術に代替・補完し効率化することが果たして良いのだろうか。(葬儀参列が自粛され)肉親の死に目にも会えないことも起こる中、死者に対する敬意や人間の生き方といった根本も変容してしまう危険がある。
・(澤田)人間の「思い」や他者への「伝達」(Communication)なども、容易にデジタル化できるとの発想は非常に危険である。
・(山際)我々は言葉を交わし合うときに、「言葉以外の感覚」を共有して状況を相互に感じ合っている。しかしインターネット上のチャットのように言葉だけが独立して表わされると、そこに読み手本位の意味が加わって書き手の意図が伝わりにくくなる。
・(澤田)言葉(ロジック)の重要性と、状況依存的であるという意味での「不完全性」、一方でデジタル化に際して消失してしまうものがあること、その両方がデータ駆動型社会の中で顕在化してきている。
・(山際)人間の身体は DNA という4つの塩基からできており、これはデジタルといえる。しかし人間の身体自体はアナログな存在で、デジタルとアナログが組み合わさっている。デジタルは安定しているが、いったん壊れたら修復が難しい。一方アナログは全部連続しているため修復が容易。
・(澤田)通信の世界でも、デジタルは安定的に情報を運ぶのに適しているが、サンプリングに際して消失するものもある。
・(山際)「動き」という連続的に変化するアナログ的な現象をデジタル的に説明するのは無理がある。例えばスポーツの珍プレー(動き)の面白味は身体で覚えて共鳴するほかない。人間の営みがデジタル化によって、コンピュータで動くアバターやロボティクスに代替されると、人間の行動とはこういうものかと錯覚しかねない。
・(山際)「社交」(Sociability)の復権が必要だ。現在のインターネット上の「SNS」(Social Networking Service、以下「SNS」)は匿名での誹謗中傷などの問題を抱え、社会の分断を助長する方向に向かっている。一方かつての社交は場所と時間を共有し、ホストがいてあらかじめ物語を皆で共有し、お互いの距離を調整しながら会話を交わし、各々がその役割を演じていた。
②技術と思想の〈あいだ〉
「IOWN Dialogue 03 技術と思想の〈あいだ〉」では、同氏は東京大学名誉教授、東洋大学情報連携学 学術実業連携機構長で NTT 社外取締役の坂村健(さかむらけん)氏との対話を通じ、AI や「デジタル変革/Digital Transformation、以下「DX」)を進めるには、基本原理を押さえた上で「哲学」が必要であると述べる。坂村氏は、オープン・コンピュータ・アーキテクチャ=国産 OS「TRON:The Real-time Operating system Nucleus」の提唱(1984年~)で知られる。(以下、筆者概括、敬称略)
・(坂村)コンピュータサイエンスの基本的な原理を理解するとともに、どういう潮流の中で技術が進展しているのかという、「メタ(meta)な視点」を持たせる教育が必要。
・(澤田)ハウツー(how-to)本などにあるように、「答え」だけ「ノウハウ」(know‐how)だけを求めるようなところがある。
・(坂村)日本では基礎となる「哲学的素養」「教養」を身に付けさせる教育がなされてこなかった。
・(澤田)企業活動においても、粘り強い議論や創造性が極めて重要である。ところが自分の頭で考えないまま、どうしたらいいかと上司に聞いてくる人が増えている。
・(坂村)外部のコンサルティング会社に丸投げしてしまう企業も増えている。(筆者:これは「AI に丸投げ」とも置き換えられよう)
・(澤田)自分の考えを他人に伝えるためには、「表層的」な理解でなく基本的な原理を理解し、またそれを支える「哲学」も必要。
・(坂村)最近の DX などは、現状をまったく変えず単に「デジタル化」すればよいとの発想が目立つ。それでは単なるデジタルによる「効率化」でしかない。DX は抜本的な変革、すなわち「構造改革」という意味合いを含む。やみくもに「Buzzword」に踊らされるだけでは変革など起こせない。
③身体と IT の〈あいだ〉
「IOWN Dialogue 04 身体と IT の〈あいだ〉」では、同氏は NTT コミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部上席特別研究員の渡邊淳司(わたなべじゅんじ)氏との対話を通じ、人間の備える「五感」(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚) を超越する「第六感」的なものについて取り上げている。第六感は、「理屈」では説明のつかない、鋭く「本質」をつかむ心の働きであり、「直感」「(野性的)勘」「本能」「予感」「霊感」「危機感」「違和感」「既視感」「信頼感」「親近感」「好感(好意)」「嫌悪感」などがある。対話者は他に、東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長で美学者の伊藤亜紗(いとうあさ)氏。(以下、筆者概括、敬称略)
・(澤田)第六感的なものは記号化(デジタル化)できない。(筆者:言語化できない、つまり説明が困難である)
・(渡邊)身体は世界を感じるセンサーであり、身体で感じていることの中で意識できるものはごく一部。
・(澤田)年齢を重ねると、忘れたことも忘れることがある。(筆者:これは「忘却力」か)
・(渡邊)たとえ意識に上がらなくても、人間が感じているものは多い。(筆者:これは「無意識」「潜在意識」の領域か)
・(澤田)動物においても、地震の前兆を感じて逃げ出したり、渡り鳥の群れが隊列を成して同じ方向に飛ぶのもそう。自然には解明されていないことが多くある。
・(渡邊)分節化(デジタル化で消去)されずに送られる触覚や身体感覚の情報との付き合い方、複雑なものを複雑なまま受け取ることの重要性。(筆者:これは「頭〈理屈〉でなく身体〈感覚〉で覚える」ことに通じるか)
※参考文献
澤田純『パラコンシステント・ワールド―次世代通信 IOWN と描く、生命と IT の〈あいだ〉』、NTT 出版、2021年
Richard Dawkins、(訳)『』(原題:The Selfish Gene: 40th Anniversary Edition)、紀伊國屋書店、2018年
栗原聡(編著)『』、KADOKAWA、2026年
ニュートンプレス『』、ニュートンプレス、2026年
『』(原題:Also sprach Zarathustra)、岩波書店、(上)1967年(下)1970年
『』(原題:Jenseits von Gut und Böse)、岩波書店、1970年
『』(原題:Natural Goodness)、筑摩書房、2014年
品川哲彦『』、中央公論新社、2020年
西田幾多郎『』、岩波書店、1950年
佐伯啓思『西田幾多郎―無私の思想と日本人』、新潮社、2014年
佐伯啓思『自由と民主主義をもうやめる』、幻冬舎、2008年
佐伯啓思『さらば、民主主義―憲法と日本社会を問いなおす』、朝日新聞出版、2017年
佐伯啓思『反・民主主義論』、新潮社、2016年
Alexis de Tocqueville、岩永健吉郎(訳)『アメリカにおけるデモクラシーについて』(原題 仏:De la démocratie en Amérique)、中公クラシックス、2015年
Patrick Deneen、角敦子(訳)『リベラリズムはなぜ失敗したのか』、原書房、2019年






