【第26回】千思万考「伝統的価値観」(Traditional Values)《其ノ二》―米国発・政治社会思想とシンクタンク―
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。
2024年(令和6年)は世界的な「選挙 year」とされ、今秋には日本(9月27日の自由民主党総裁選)、米国(11月5日の大統領選)で政局に変化が到来、今夏(7月)の英国新首相登板も含めて、西側主要国(G7)首脳の同時期交代が生じる年となります。
千思万考するに、この数十年における「リベラル」(liberalism)な政治社会思想の世界的拡大(西側民主主義国)とともに、「伝統的価値観」を重んじる「保守」(conservatism)の縮退が見て取れます。これに歩調を合わせて、「政治的適正性」(political correctness)の際限なき跋扈(ばっこ)が感じられます。またこうした思想は、米国を発信源として各国の社会に伝播(でんぱ)するものと思慮します。
本稿では、我が国の政治社会思想をも左右する、米国行政府(大統領)や立法府(上下両院)を構成する二大政党(共和党・民主党)の政策や思想に着目します。またそれに対し歴史的に隠然たる影響を及ぼしてきた、同国シンクタンク(Think Tank)の実像に触れたいと思います。
【後日追記】10月1日開催の米国副大統領候補討論会(CBS テレビ主催)で、共和党候補 J.D.Vance 氏が僅差で勝利との見方(CBS テレビによる調査) 2024年(令和6年)10月3日付、日本経済新聞(朝刊)より
⇧「自由民主党」本部( 東京都千代田区永田町)に掲げられた「総裁選」横断幕
⇧(写真左上)「首相官邸」、(写真右上)「国会議事堂」、(写真中段)「立憲民主党」本部、(写真下)「全國町村會舘」、いずれも東京都千代田区永田町に所在
⇧有権者(党員・党友等)による投票用紙、得票は国会議員票に加味され9月27日投開票
【後日追記】決選投票で自由民主党総裁に石破茂(いしばしげる)氏を選出 2024年(令和6年)9月28日付、日本経済新聞(朝刊)より
近日に控える「衆議院解散・総選挙」や「大統領選後の対米交渉」などを見据え、防衛相などを歴任した古参・保守政治家の順当な選出に安堵(筆者)。自由民主党ウェブサイト(総裁選 第28代総裁に石破茂氏を選出 | お知らせ | ニュース | 自由民主党 (jimin.jp))
①政治社会思想の大別と基本政策
我が国における政治社会思想を「保守/右派」(conservatism)と「リベラル/左派」(liberalism)に大別すると、その基本政策は以下の様に捉えられます。またどちらにも寄らない「中道(centrism)/無党派層」も一定数存在します。
次いで、米国における「伝統的価値観」の有り様を捉えるにあたっては、「宗教」や「道徳」「倫理」の領域が大きな割合を占めます。国内最大の「宗教右派(宗教保守)」(Religious Right)と総称される勢力である「福音(ふくいん)派」(Evangelical)は、聖書の字義に忠実なキリスト教(プロテスタント系)原理主義者で、教会を基盤とする信仰心の極めて強い信徒です。
昨今の選挙戦で大きな争点となっている、「性差」(gender)「中絶」(abortion)また「不法移民」(illegal immigrants)等の問題に対して、同勢力は長年「共和党」選挙運動の中核を占め、強固な支持基盤を形成・維持しています(正確には White Evangelicals によるもの)。またこの「福音派」とともに「宗教右派」を構成するものに、「キリスト教原理主義」(Christian fundamentalism)が挙げられます。こうした勢力は、キリスト教徒(プロテスタント)の「伝統的価値観」を政治に反映させるため、投票参加や選挙運動、ロビー活動などの政治活動を積極的に行うことで知られています。
さらに、バージニア州リンチバーグに本拠を置いた「モラル・マジョリティ」(Moral Majority)は、バプテスト教会の牧師 Jerry Falwell 氏が後述する「ヘリテージ財団」の初代代表で新右派の Paul Weyrich 氏とともに1979年に創設したキリスト教保守派ロビー団体です。1980年代、第1期 Ronald Reagan 政権当時に活動の最盛期を迎え、最盛期には400万人以上の会員と200万人以上の寄付者を獲得する勢力となりました。
②米国シンクタンクの概観
シンクタンクは、立法、行政、司法、メディア(報道機関)に次ぐ「第5の権力」とも呼ばれています。このシンクタンクは、ペンシルベニア大学(The University of Pennsylvania)(University of Pennsylvania (upenn.edu))の定義「2018 Global Go To Think Tank Index Report」(2018-Global-Go-To-Think-Tank-Index-Report.pdf (cebrap.org.br))によると、『政策立案者と一般市民が公共政策についてのより良い意思決定を行うために、国内・国際問題の政策志向の調査・研究および助言を行うための機関であり、(個人や政府の臨時委員会等とは異なり)永続的な組織の形をとるもの』とされます。
同大学の James G. McGann 教授によると、シンクタンクは次の3つの機能を有しているとされます。
1.政策研究機関(基本的調査・研究に特化する)
2.シンク(think)・アンド・ドゥー(do)タンク(政策分析と政策提言を行う)
3.参画(engagement)(政策課題の解決のために多様な関係者を巻き込み活動する)
またシンクタンクは次の様な活動を行うとされます。
1.長期的ないしは短期的な調査・研究を行う
2.本を出版し、また具体的な行動志向の「ペーパー」(ここでは content や material の意)を出す
3.世論、政策当局者、およびメディアに訴える
4.政府に継続的に人材を提供する
とりわけ米国ワシントン D.C. に集積するシンクタンクの最大の強みは、政権が交代する度に、新政権に政治任命(任用)で参画する人材が数千人レベルで必要となり、政策プロの需要が4年に1度、巡ってくることです。その需要に応えるのがシンクタンクの重要な仕事であり、政治任命を目論む有為の人材がシンクタンクを目指すことになります。彼らにとってシンクタンクは政府(政権)に参画する上で最も効果的な入口であり、シンクタンクの花形研究員はすなわち政治任命者の予備軍に他なりません。また政権が交代して政府を去ることになる政治任命者にとっても、シンクタンクは魅力的な働き口となっています。この様に政権とシンクタンクとの間には、「政権への入口のドア」と「政権からの出口のドア」という絶えず開閉するドアが存在し、こうした現象は「回転ドア」(revolving door)と呼ばれています。
③ヘリテージ財団(The Heritage Foundation)の概観
米国を代表する「保守」系の唱道型(行動志向で結果重視)シンクタンクである「ヘリテージ財団」(The Heritage Foundation)は、前述の Paul Weyrich 氏と共和党上院議員の議会スタッフであった Edwin Feulner 氏(前会長)とによって1973年に設立(現会長は Kevin Roberts 氏)。「自由な企業活動」「小さな政府」「個人の自由」「伝統的な米国の価値観」「防衛力の強化」などを掲げる同シンクタンクが、ワシントン D.C. において1980年代に台頭したのは、Edwin Feulner 氏と Ronald Reagan 大統領との邂逅(かいこう)および同政権の誕生に、時期を同じくしています。
同シンクタンクは政策提言集『指導者への委任状(筆者訳)』(Mandate for Leadership)を刊行、同大統領が全閣僚にその閲読を命じるなど、同政権によりその多数が政策として結実し採用されました。また同政権移行チームには同シンクタンクから14名のスタッフが参加しています。同シンクタンクのチーフエコノミスト Stephen Moore 氏は、民間部門の供給力強化(減税や政府支出削減、規制緩和等)により生産力増強と物価安定が達成されると論ずる「サプライサイド経済学」(Supply-side economics)を提唱、同政権の経済政策である「レーガノミクス」(Reaganomics)を理論化しました。
同シンクタンクはまた、マーケティング手法を導入・注力していることでも知られ、連邦議会の多忙な議員やスタッフに対して、移動中の短時間でも閲読可能な、数ページ程度の簡潔な要約資料を提供しました。また世界の出来事に対して24時間即時に対応できる体制を敷くとともに、研究員のメディア露出を図って存在感や影響力の向上に努めました。
2017年の Donald Trump 政権移行に際しては、同シンクタンクから James "Jim" DeMint 理事長などが接触を図るほか、前述の Stephen Moore 氏が同政権の減税構想への助言にあたるなど、同陣営における経済チームの一員となりました。こうして同シンクタンクは、Edwin Feulner 氏をはじめ約70名のスタッフが同政権移行チームに参画、政策提言を行いました。同氏はその後、同大統領の外交顧問の一人となっています。同シンクタンクは今また、同政権の二期目発足を期した政策提言集「プロジェクト2025」(Project 2025 | Presidential Transition Project)を刊行、世の中の耳目(じもく)を集めています。
※参考文献
『明成社
『Leading the Way: The Story of Ed Feulner and the Heritage Foundation』, 2013, Lee Edwards
『Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis』, 2016, J. D. Vance
『シンクタンクとは何か/政策起業力の時代』、2019年(令和元年)、船橋洋一、中公新書
『アメリカのアジア戦略史(上・下) By More Than Providence』、2024年(令和6年)、Michael J. Green、細谷雄一・森聡(訳)、勁草書房
『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想 Line of Advantage』、2023年(令和5年)、Michael J. Green、上原裕美子(訳)、日本経済新聞出版