【第27回】NTT(Nippon Telegraph and Telephone Corp.)と IOWN《其ノ三》―経済安全保障(Economic Security)の視点―
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。
神無月(かんなづき)(10月)を迎え、かすかに初秋の気配が感じられる中、石破新政権が発足しました。自由民主党総裁選では、「アジア版 NATO(北大西洋条約機構)の創設」「米英同盟並みの日米同盟強化」「日米地位協定の改定」また「自衛隊の処遇改善」など、外交・安全保障政策を得手とした独自の方策が掲げられました。その後の衆議院代表質問(10月7日)では、現実路線寄りへ修正が図られましたが、総裁選期間中に行われた米国ワシントン D.C. の保守系シンクタンク「ハドソン研究所」(Hudson Institute)への論文寄稿など、従来の枠に囚われない政治手法が窺えます。
また2023年(令和5年)12月の「日本製鉄株式会社」による米国鉄鋼大手の「US スチール」(United States Steel Corporation)買収発表以降、大統領選に伴う政治的論争に飛び火して1年近くも膠着状態が続くなど、国内企業の海外進出に際して国家安全保障の思惑が入り込む度合が増しています。こうした中、「特殊会社」(旧「三公社五現業」等から民営化した公共性の高い企業)や国内の基幹産業を代表する大手企業など、所謂(いわゆる)「日の丸企業」を中心に、「国際競争力の強化」や「経済安全保障の確保」といった情勢から、その経営戦略が「永田町」や「霞が関」の意向に歩調を合わせる構図が生じつつあります。
⇧首相官邸(東京都千代田区永田町)
①日米地位協定改定等の思惑
自由民主党の石破新総裁による『日本の外交政策の将来』と題する「ハドソン研究所」への寄稿論文(2024年9月25日)(Shigeru Ishiba on Japan’s New Security Era: The Future of Japan’s Foreign Policy | Hudson Institute)
<下記は筆者による要約>
・アジア版 NATO の創設:ロシアを中国、ウクライナを台湾に置き換えると、アジアに NATO の様な「集団的自衛体制」が存在せず「相互防衛義務」がないため、戦争の勃発しやすい状態にある。この状況下で中国を西側同盟国が抑止するためには、「アジア版 NATO」の創設が不可欠である。
・国家安全保障基本法の制定:安全保障に関しては、基本法がないまま今日に至っている。我が国を取り巻く地政学的危機への対処のために「国家安全保障基本法」の制定が早急に不可欠だ。これに続けて自由民主党の悲願である「憲法改正」を行う。
・米英同盟並みに日米同盟を強化:現「日米安全保障条約」(※1)は、米国が日本の「防衛」義務を負い(第5条)、日本が米国に「基地提供」義務を負う(第6条)という「非対称双務条約」である。「日米安全保障条約」と「日米地位協定」(※2)を改定し、自衛隊をグアムに駐留させ「在グアム自衛隊」の地位協定を「在日米軍」同様にすることも考えられる。さらに「在日米軍基地」の共同管理の幅を広げることで「在日米軍」の負担軽減にもつながる。
(※1)「日米安全保障条約」(外務省: 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約 (mofa.go.jp))
(※2)「日米地位協定」(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日米地位協定)及び関連情報|外務省 (mofa.go.jp))
②経済安全保障と NTT の立ち位置
⇧(写真左)霞が関の「経済産業省(総合庁舎)」(経済産業省のWEBサイト (METI/経済産業省))、(写真右)大手町の「日本経済団体連合会(経団連会館)」(一般社団法人 日本経済団体連合会 / Keidanren)
日本経済新聞(朝刊)連載コラム『経済安保のリアル/国富を考える』、2024年(令和6年)9月12日付、第1回目のインタビューは、NTT(Nippon Telegraph and Telephone Corporation)(NTT / NTTグループ | 日本電信電話株式会社 (group.ntt))会長で、「日本経済団体連合会」副会長および「日米経済協議会」(Japan-U.S. Business Council)(日米経済協議会 JAPAN - U.S. BUSINESS COUNCIL (jubc.gr.jp))会長も務める澤田純氏。「日米経済協議会」は「経団連会館」内に所在。
【後日追記】10月10日・11日にワシントン D.C. で開かれた、日米の経営トップが世界経済などを議論する「日米財界人会議」で、Kurt Campbell 米国務副長官が「大統領選後も日米パートナーシップは進展する」と述べるとともに、「日米経済協議会」の澤田純会長は「日米の経済関係は強く深い」と強調、民間で経済連携の強化を図っていく考えを示しました。共同声明では日本製鉄による US スチールの買収計画を念頭に、「投資の審査は国家安全保障の懸念に限定し、ルールに基づき公正に運用することで透明性を高めるべき」との提言が盛り込まれました。また同会長は、「政治に左右されず、きちんとしたプロセスとルールに基づく審査をしてもらいたい」と強調しました。
⇧「経団連会館」と棟続きに建つ「日本経済新聞社 東京本社」の様子(「日経ホール」等)
前述の「日の丸企業」の一つに NTT グループ(筆者も二十年来勤仕)があります。米国 GAFAM に対抗しうる「国際競争力の強化」や「米中対立」を背景にした「経済安全保障の確保」など、近年の厳しい国際情勢が圧力(追い風)ともなり、同社の置かれた立ち位置や求められる役割に変化が生じつつあります。すなわち、国内競合各社が主張する「公正な競争環境の維持」や「NTT 再統合への牽制」といった論点を棚上げし、長年にわたり同社経営の足枷(あしかせ)となってきた NTT 法(日本電信電話株式会社等に関する法律 | e-Gov 法令検索)廃止の検討と抱き合わせで、旧「日本電信電話公社」に匹敵する「日の丸通信会社」の構想も見え隠れします。
去る4月10日に米国ワシントン D.C. で行われた、岸田文雄内閣総理大臣(当時)と Joseph Biden 大統領による日米首脳会談(日米首脳共同声明(「未来のためのグローバル・パートナー」)|外務省 (mofa.go.jp))では、その共同声明『ファクトシート:岸田総理大臣の国賓待遇での米国公式訪問』(100652150.pdf (mofa.go.jp))の「重要・新興技術及びイノベーション > 半導体分野における協力の強化」の項目で、NTT が開発する次世代通信基盤 IOWN 関連の記述が盛り込まれました。(以下抜粋)
『我々の半導体技術における協力の長い歴史に基づき、我々は、研究開発ロードマップ及び人材育成を含む、日米協力アジェンダの策定に向けた、日本の最先端半導体技術センター(LSTC)と米国の国立半導体技術センター(NSTC)や米国の国家先端パッケージング製造プログラム(NAPMP)等の米国の研究イニシアティブとの間における議論の開始を歓迎する。我々は、特に次世代半導体や先端パッケージングに関する、日米の民間部門の強固な協力を歓迎する。日米企業は、アイオン(IOWN)グローバルフォーラムのようなパートナーシップを通じ、光半導体を通じて得られる幅広い可能性を模索している。米労働省は、先端半導体研究及び製造における次世代の設計者、製造者及び専門家を育成する最適な方法を議論するための、米国の民間部門及び教育機関との技術ワークショップへの参加に向け、半導体分野における日本のカウンターパートを招待する計画である。 』
⇧NTT 持株会社等グループ各社が入居する「大手町ファーストスクエア」遠景
⇧「大手町ファーストスクエア EAST」の NTT 持株会社受付
③「防衛技術指針2023」等への IOWN 活用の動き
「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」(IOWN構想とは? その社会的背景と目的|NTT R&D Website (rd.ntt))とは、NTT が提唱する次世代通信基盤(端末の情報処理まで光化)です。その特徴は、情報を電気処理を行わず光波長信号のまま処理して伝送することにあり、2024年(令和6年)の仕様確定を経て、2030年代の実用化に向け開発が進められています。この IOWN を構成する主要技術分野の1つに「APN:All-Photonics Network」(オールフォトニクス・ネットワークとはなにか|NTT R&D Website (rd.ntt))があります。APN ではネットワークから端末までの end-to-end が、現在の electronics(電子)ベースから photonics(光)ベースに転換され、その鍵となる革新技術として「光電融合技術」(※3)が用いられます。これにより、「低消費電力(電力効率:100倍)」「大容量・高品質(伝送容量:125倍)」「低遅延(end-to-end 遅延:200分の1)」の実現が見込まれています。
これに対して、中央省庁では以下の動きがみられます。
・「経済産業省」(経済産業省のWEBサイト (METI/経済産業省))は去る1月30日、IOWN 共同開発プロジェクトの研究加速に向けて452億円の支援を行うとの発表を行いました。この支援は、同省が所管する NEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization/国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業 | 事業 | NEDO)を通じて行われ、支援期間は5年間、IOWN の構成要素である「光電融合技術」の実装開発プロジェクトが対象となります。(NTTがNEDO「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」の実施企業に採択される~オール光ネットワークに加え、光電融合デバイスの研究開発事業に参画することでIOWN事業化をさらに加速~ | ニュースリリース | NTT (group.ntt))
・「総務省」(総務省|情報通信審議会|オール光ネットワーク共通基盤技術WG (soumu.go.jp))では、「革新的情報通信技術」(Beyond 5G技術(6G))および「オール光ネットワーク」の共通基盤技術に係る検討がなされており、「研究開発戦略」や「知的財産戦略」また「国際標準化戦略」(有志国と連携して国際標準化を主導しつつ、コア技術は権利化・秘匿化して囲い込み)などを一体的に推進するとされています。なお NTT は、NICT(National Institute of Information and Communications Technology)(NICT-情報通信研究機構)が公募した、「Beyond 5G研究開発促進事業」および「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業」の実施企業にも採択されています。また IOWN の実用化にとり必要となる「2nm(ナノメートル)世代」の最先端「ロジック半導体」(※4)について、日本企業8社の合同出資(※5)により設立された、所謂「日の丸半導体 Foundry 」(製造請負専門企業)「ラピダス株式会社」(Rapidus株式会社)が重要性を増しています。
・「防衛省」では、2023年(令和5年)6月発表の「防衛技術指針2023」(technology_guideline2023_ja.pdf (mod.go.jp))において、「我が国を守り抜く上で重要な技術分野」の一つに「組織内外において、どこでも誰とでも正確、瞬時に情報共有を可能とするネットワーク」が具体化されています。その中で、「Beyond 5G技術/6G」や「光のままで処理を行う光通信技術」など、IOWN 関連と思われる技術が例示されています。また「令和6年度防衛省概算要求資料」(yosan_20240328.pdf (mod.go.jp))において、「将来の領域横断作戦のイメージ」の中に「次世代情報通信基盤」(Beyond 5G/6G)の活用が盛り込まれています。
なお NTT は去る8月29日、同社の武蔵野研究開発センターと台湾の通信最大手「中華電信股份有限公司」(中華電信 - 5G行動上網通話、HiNet光世代寬頻上網/市話、MOD影視娛樂及智慧生活應用 | 中華電信網路門市CHT.com.tw)のデータセンター間で、世界初の国際間 APN(前述)を開通しました。(NTTと中華電信、世界初のIOWN国際間オールフォトニクスネットワークを開通~日本と台湾間の約3000kmをわずか約17msecの超低遅延で接続~ | ニュースリリース | NTT (group.ntt))この背景には、台湾有事を想定した(台湾)企業データのバックアップ体制を構築する意図も窺えます。
そうした中、9月28日には「海上自衛隊」の護衛艦「さざなみ」が、南シナ海で米国、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンの4カ国の海軍艦艇と合同で各種戦術訓練を実施しました。この合同訓練に先立つ25日、「さざなみ」は海自艦艇として、中国大陸と台湾との間にある「台湾海峡」を大東亜戦争後に初めて通過(オーストラリア海軍の駆逐艦やニュージーランド海軍の補給艦も通過)。(海上自衛隊護衛艦が台湾海峡を初航行 「さざなみ」、中国の軍事威圧に対抗 - 日本経済新聞 (nikkei.com))これには8月以降、中国軍の情報収集機による日本領空侵犯や、空母「遼寧」による日本の接続水域の通過行動に対して、同志国が連携を深めて中国を牽制する狙いがありました。
(※3)光電融合技術:電気通信システムの内部構成において、電気信号を扱う回路と光信号を扱う回路を融合し、同じ回路内で双方の信号を混在させ最適処理する技術
(※4)ロジック半導体:微細化の進んでいる、「論理演算」を行うコンピュータの頭脳を担う半導体で、CPU(Central Processing Unit/中央演算処理装置)、GPU(Graphics Processing Unit/画像処理装置)として搭載
(※5)日本企業8社:トヨタ自動車株式会社、株式会社デンソー、ソニーグループ株式会社、日本電信電話株式会社、日本電気株式会社、ソフトバンクグループ株式会社、キオクシア株式会社、株式会社三菱 UFJ 銀行
★【ご紹介:NTT ニュースリリース/2024年(令和6年)10月8日】(構想発表から約5年で大きく進化、IOWNの「今」がわかる書籍 『IOWNの正体-NTT 限界打破のイノベーション-』発行 | ニュースリリース | NTT (group.ntt))
※参考文献
『IOWN 構想 ―インターネットの先へ』、澤田純氏、2019年(令和元年)、NTT 出版
『NTT 2030年世界戦略 「IOWN」で挑むゲームチェンジ』、関口和一氏/MM 総研、2021年(令和3年)、日本経済新聞出版
『国民安全保障国家論/世界は自ら助くる者を助く』、船橋洋一氏、2022年(令和4年)、文藝春秋
『地経学とは何か』、船橋洋一氏、2020年(令和2年)、文春新書