【第100回】Colonialism|Globalism と Standardization《後篇》「国際標準化」視点の「欧米史観」―「統治」「支配」と Rule Making(2/2)―
※本稿内容は筆者の個人的見解であり、筆者所属組織(現在および過去)の公式見解を示すものではありません。
(【第99回】から続く)
①米国の対日通商戦略と国内産業保護
専修大学大学院客員教授(産業政策)、青木高夫氏の著書『』。この中で述べられる、米国が常套手段として用いてきた対日通商戦略(1980~1990年代事例)を紹介する。(筆者概括)
・二輪車:1980年代、米国の大型二輪車メーカー、Harley-Davidson, Inc. は、高性能で故障の少ない日本のカワサキモータース株式会社製二輪車に国内市場シェアを奪われた。これに対し Ronald Reagan 政権は、急激な関税引き上げ措置(4.4%⇒49.4%)を課し国内産業保護を図った。
・自動車:1980年代、米国の主要自動車メーカー(Ford Motor Company、General Motors Company および Chrysler Corporation) は、低燃費を誇る日本車に市場を奪われた。これに対し米国は外交攻勢をかけ日本政府から対米輸出台数の自主規制措置を引き出した。また1990年代の日米構造協議において、日本国内における手続きの煩雑な認証制度等を輸入障壁(非関税障壁)であると主張して国内産業保護を図った。
・半導体:1980年代、米国の半導体メーカー(Motorola, Inc. 等)は日本製の半導体に市場を奪われた。これに対し米国は日米半導体協定により、日本側に「外国製半導体の国内シェア20%以上」「輸出価格の監視」等を義務付けた。
・OS:1990年代、日本の国産 OS(Operating System)プロジェクトである TRON が学校教育向けパソコン OS 標準規格に採用された際、米国 USTR(United States Trade Representative/米国通商代表部)がこれを外国貿易障壁であると主張。日本政府はこうした米国側の圧力を受け入れ、TRON の採用を断念させられた。
同氏は、製品の「品質」「技術」自体の競争でなく、制度や法律といった「ルール」の変更にもちこみ、これを相手国との交渉で圧力をかけて市場に介入する米国の手法を指摘する。
②スポーツ界と「Rule Making」
文藝春秋ウェブサイトにおける、保守政治家・石原慎太郎氏の言「白人ファースト再来の危うさ」を紹介する。(下線、括弧内筆者) 白人ファースト再来の危うさ | 石原 慎太郎 | 文藝春秋PLUS
ヨーロッパという白人集団が今もなお実質世界を支配している実態を、私は自ら言い出したオリンピックの招致運動を通じて IOC(国際オリンピック委員会)なる組織の実態を眺めて痛感させられたものだ。本来国家民族の格差を超えて均等公平であるべきスポーツの世界においても IOC を構成している有色人種の国々の代表はさしたる発言権を持てずほとんど彼等のいいなりで、あまつさえ万国共通の競技のルールまで IOC は彼等に有利に変えようとまでしてきた。一例を上げれば上背の低い東洋人に有利な卓球台の高さをより高くしようとしたが国際卓球連盟会長をつとめた日本人の荻村伊智朗氏が強力に反対してことなきを得た。日本選手が得意として優勝者の多いスキーのジャンプ競技でもスキーの板の規格を変えようとしてもいた。オリンピック競技ではないが世界で人気のスポーツF1レースの世界でも日本のホンダのエンジンが優秀でそれを搭載した車の優勝が多いとエンジンの規格に関するルールを変更してしまう。あまつさえ日本の国技ともいえる柔道の普及に伴なって試合のルールを改悪し一時は試合が試合ならざる体たらくとなりはてさすがに修正をせざるを得なくなった。
③英語公用語化と「De facto Standard」
19世紀以降、英国・米国の帝国主義による植民地支配と2度の大戦勝利による戦後の実質的支配を通じて、英語は現在、事実上の公用語(世界標準語)の地位を占めた。すなわち英語は言語の「事実上の標準」(De facto Standard)(前述)であり、まさに「力こそ正義」(Might makes right)といえる。これには、帝国主義下の植民地への言語強制という歴史的側面と、競争淘汰を経て支配力を高めてきた市場原理の側面が考えられる。
「母国語」教育は、国家主権や国体護持の要諦に関わる。歴史を振り返ると、明治初期において旧・薩摩藩士で初代文部大臣の森有礼(もりありのり)公により「日本語廃止論・英語採用論」が提唱された。これは母国語、突き詰めていえば言霊(ことだま)を蔑ろ(ないがしろ)にした極論として、当時そして後世にわたって批判の的とされてきた。端的にいえば亡国の論法ということである。当節、数社の某大手企業社長が唱える「(社内)英語公用語化論」もまた然りである。
なお人工的に考案された国際語(国際補助語)として、ユダヤ系ポーランド人の Ludoviko Zamenhof たちにより1887年に発表された「Esperanto」がある。現在、その話者(支持者)数は世界でもわずか100万人程度に留まる。なお英語は約15億人(第二言語使用者含む)である。英語は他のインド・ヨーロッパ語族(Indo-European Languages)と異なり、男性名詞・女性名詞(および中性名詞)といった文法的性(Grammatical Gender)のない単純性を有する。
※参考文献
青木高夫『』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年
伊藤毅『』、日本経済新聞出版、2022年
松原久子(ドイツ語原著)、田中敏(訳)『』、文藝春秋、2005年
三谷郁也『白人侵略 最後の獲物は日本 ─なぜ征服されなかったのか 一気に読める500年通史』、ハート出版、2021年
施光恒『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』、集英社、2015年
鳥飼玖美子『「英語公用語」は何が問題か』、角川書店、2010年
成毛眞『日本人の9割に英語はいらない』、祥伝社、2013年
江藤学『標準化ビジネス戦略大全』、日本経済新聞出版、2021年
日本規格協会『』、日本規格協会、2003年
小山久美子『』、御茶の水書房、2016年






