株式会社有田アセットマネジメント|無形資産・有形資産を適切に管理、運用、保全し、次代へ安全に継承する資産管理会社

06-6131-7514 9:00 ~ 18:00(平日)

お問い合わせはこちら

時論

⇧写真の塑像は「京都国立博物館」前庭に展示の、フランスの彫刻家 François Auguste René Rodin の代表作『考える人(Le Penseur)』、手前は当社海外渉外顧問(無償)を務める Wolf(筆者内縁)

※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。

①西洋 Liberalism に対峙する西田哲学「無の思想」

2025年(令和7年)は「大東亜戦争(対米戦争)後80年」。西田幾多郎(にしだきたろう)氏は、戦前から戦中にかけて「西田哲学」「京都学派」を創始し、代表的著作『善の研究』などで知られる哲学者(京都帝国大学名誉教授)です。「西田哲学」は西田氏の家族に起きた、度重なる不幸に遭遇した「哀しみ」から生み出されたとされます。同じく京都大学名誉教授で社会思想家の佐伯啓思(さえきけいし)氏は、著書のいくつかで西田氏を取り上げています。佐伯氏は著書『西田幾多郎―無私の思想と日本人』『自由と民主主義をもうやめる』などにおいて、いくつかの根源的な命題に触れ卓見を述べています。(以下は筆者概括)

■「近代 Liberalism自由主義)」の失敗
・ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルとパレスチナ、イスラム過激派の台頭、中東の不安定化、中国やインドの大国化とグローバル・サウスの台頭など、リベラルな価値の普遍主義を掲げる、米国(西洋)の Globalism が現在機能していないことは明らかである。
・これは約100年前の第一次世界大戦後に生み出された、米国(西洋)による「リベラルな世界秩序(自由と民主主義を守る Globalism)」と「リベラルな経済運営(市場競争と補完的な福祉主義)」の失敗を意味している。すなわち、「自由」「民主主義」「法の支配」、また公正な市場競争、無難な経済政策を組み合わせて社会秩序を維持しようとする、「近代 Liberalism」の失敗である。

■大東亜戦争(対米戦争)下で説かれた「絶対矛盾的自己同一」
・世界各国の世界史的な使命は、同時に他国の承認を得て、また他国の独自性も承認するという歴史的な意義をもたねばならず、独善的であってはならない。これが西田氏の説く多にして一の世界であり「矛盾的自己同一の世界」であった。
・主権国家が多様に個性化する運動と、歴史的世界が一つになって自らを生成してゆく運動、この二つが同時に生じている。すなわち二重の運動が同時に生じる。あるいは硬貨の裏表の様な「同一現象の二つの側面」ともいえる。

■(大学の)「国際化」の真義
・戦前は帝国主義的な状況下、敵国(米国・英国)の本を手にしているだけで「非国民」といわれ、英語を話すなど言語道断という風潮があった。ところが今日まったく逆転し、Global な経済競争に勝つためには、国民を挙げて英語を話せる様にしなければならないという。
・こうした英語教育を否定しないまでも、その前に為すべきことがある。「手段」であるはずの英語が「目的」となっている。まずは自前の日本語で自己を表現し、他人と議論でき、家族や友人と真面(まとも)な会話ができることが先決。
・明治期、文明開化の時代に福沢諭吉公は『文明論之概略』の中で、思慮浅い人は古いものを捨てて国際化を進めれば文明化できると考える。しかしそれは外形だけのことで、日本人に一片の「独立心」がなければ何の意味もない、と記している。

■「無の思想」の概念「絶対無」(<独>Absolut Leere ※筆者訳
・「絶対無」とは、西洋的な「有(存在)(<独>Existenz ※筆者訳)の論理」に対する日本(東洋)の根源的で「絶対的」な概念。西洋では「無」(<独>Nicht ※筆者訳)はあくまで「有(存在)」の否定形(非存在)。しかし日本人(東洋)に馴染む「無」(<独>Leere ※筆者訳は必ずしも「有(存在)」の否定ではない。いわば「無」は「有」を包摂し、「有」を背後で支え、「有」も「無」も超越したある境地と捉えられる。[とすれば、数多の惑星や星系(生命)を包み込む広大な宇宙空間(真空)の如き場所か。※筆者の認識]
・実在の究極に、絶対的な存在である「神」を見る西洋的思考では、絶対者(神)は己の「外面」にある絶対的な他者となる。これに対し日本(東洋)的な観念では「絶対的」なものが「無」へ向かい、「私」や「我」を消し去り自己の「内面」(鏡)を深く覗き込むことで、根源的な精神の境地ともいうべき「無」へ行き着く。
・「般若心経」(はんにゃしんぎょう)(※1)の根本教理にある「色即是空(しきそくぜくう)」(※2)「空即是色(くうそくぜしき)」に通底する。

■「無私」と「一期一会」(いちごいちえ)の精神性
・「無」の概念が日本人の行為の理解にも影響を及ぼしている。「私」を消し去ることによる「無私」の行為。そして行為の純粋さそのものに意味を与える。
・「無の思想」では、あらゆる日常の些細な出来事の中にも「一期一会」の邂逅(かいこう)を通した「無」を見る。一瞬で散りゆく桜に「死」や「無」を投射し、生の儚さ(はかなさ)、散り際の美学、時間の過ぎ行く無残さなどを見る。
・ただ「一つ」のものとの邂逅にすべてがあり、「世界」はものによって充満するのでなく「一つ」のものの中に「世界」があると考える。

(※1)般若心経:正式には「般若波羅蜜多心経」(はんにゃはらみったしんぎょう、<梵> Prajñā-pāramitā-hṛdaya)、「空」(くう)の中心思想をもつ「大乗仏教」の「経典」のうち、最も短く凝縮された一巻でインドの原典を漢語訳したもの
(※2)色即是空:この世の「目に見える万物」に実体はなく、その本質は「空」(くう)/「無」であって時々刻々変化するとの意

【雑学】月刊誌「GOETHE」2006年11月号掲載記事の再編(幻冬舎)、昭和末期の1980年代、人気を博した劇画『北斗の拳』における「無想転生」(北斗神拳 究極奥義)と「闘気」(Aura)に関する言及 原哲夫が明かす! 『北斗の拳』最強のオーラはいかに生み出されたのか? | GOETHE

② NTT が推進する IOWN と「Paraconsistent Logic」

IOWNInnovative Optical and Wireless Network)」(IOWN構想とは? その社会的背景と目的|NTT R&D Website (rd.ntt))とは、NTTNippon Telegraph and Telephone Corporation/日本電信電話株式会社)グループ(筆者も二十年来勤仕)NTT / NTTグループ | 日本電信電話株式会社 が提唱する次世代通信基盤(端末の情報処理まで光化)です。その特徴は、情報を電気処理を行わず光波長信号のまま処理して伝送することにあり、2024年(令和6年)の仕様確定を経て、2030年代の実用化に向け開発が進められています。この IOWN を構成する主要技術分野は次の3つがあります。

All-Photonics Network:光技術による「低消費電力」「大容量・高品質」「低遅延」を特徴とする。
Digital Twin Computing:実世界の再現を超えた相互作用(Interaction)を仮想空間上で行う。
Cognitive Foundation:クラウドやネットワーク、ユーザ IT の構築・設定および管理・運用を一元的に実施できる。

その1つ「All-Photonics NetworkAPNオールフォトニクス・ネットワークとはなにか|NTT R&D Website (rd.ntt))は、ネットワークから端末までの end-to-end が、現在の electronics(電子)ベースから photonics(光)ベースに転換され、その鍵となる革新技術として「光電融合技術」(※3)用いられます。これにより、「低消費電力(電力効率:100倍)」「大容量・高品質(伝送容量:125倍)」「低遅延(end-to-end 遅延:200分の1)」の実現が見込まれています。

NTT 取締役会長の澤田純氏は、2021年(令和3年)に『パラコンシステント・ワールド―次世代通信 IOWN と描く、生命と IT の〈あいだ〉』を著しました。澤田会長は同著で、二律背反(二項対立)する A も B も同時に存在(実現)する「矛盾許容論理」すなわ「Paraconsistent Logic」について、前述した西田哲学の「絶対矛盾的自己同一」の概念に近いものと捉えています。

「consistent」とは「矛盾を含まない」(形容詞)との意であり、「inconsistent」とは「矛盾を含む」(形容詞)との意です。「矛盾を含む」場合、命題は否定され論理は破綻してしまいます。一方「paraconsistent」とは、「矛盾をそのままに許容・包摂した」(形容詞)との意味をもちます。「para」(接頭辞)は「beside」や「parallel 」に近い意味と考えられます(※筆者の認識)。よって「Paraconsistent Logic」とは、二律背反(二項対立)する問題(A か B か)について A/B 間の矛盾をそのままに許容・包摂しながら、A と B の「同時実現」を目指す第三の道(論理体系)といえます。そこでは、命題は否定されず論理も破綻しません。現代社会ではA か B かといった「二元論」(Trade-Off)で解決不可能な事象が数多く存在します。「パラコンシステント・ワールド」においては、それらを解決するため「利他(※4)的共存」の下に企業の成長と社会的課題の解決を包摂し、「同時実現」を目指すとしています。

また、IOWN を構成するもう1つの主要技術分野「Digital Twin Computingデジタルツインコンピューティングとはなにか|NTT R&D Website は、個人の思考などをデジタルの仮想空間内に再現し、最適な意思決定を実現させることを目指しています。そこに現れるのは「もう1人の自分(Avatar)」であり、「仮想空間(Metaverse)の自分」と「現実世界の自分」。自分が2つになるということが「自己とは何か」という哲学的問いに繋がります。

同会長は西田幾多郎氏と同じく京都大学の出身。西田哲学/京都学派の流れを汲む国内・海外(ドイツ他)有識者の賛同を受け、2023年(令和5年)7月に京都の地で「一般社団法人 京都哲学研究所」 京都哲学研究所 を創設しました。同研究所では、「価値多層社会」の実現に必要な哲学思想の構築と「Digital Twin」による社会的課題の解決を目指しています。

(※3)光電融合技術:電気通信システムの内部構成において、電気信号を扱う回路と光信号を扱う回路を融合し、同じ回路内で双方の信号を混在させ最適処理する技術
(※4)利他(りた):自らの利益や幸福のみを図る(利己的振る舞い)のでなく、それ以上に他者の利益や幸福を気遣い扶助する道徳的価値、キリスト教の「愛」や仏教の「慈悲」、儒教の「仁」などに通底、また一方では、自然環境の「生態系」(Ecosystem)において動植物が相互に依存・影響し合う「共存共栄」の概念

③量子力学と NTT/IOWN―この「アナログ的」なるもの

「量子力学」(Quantum Mechanicsは、以下の説明で言い表わせます。 

・「分子」(Molecule)「原子」(Atom)「素粒子(電子・陽子・中性子・光子など)」(Elemental Particle)といった「量子」の振る舞い、すなわち微視的な世界の物理現象を扱う、古典力学(物理学)に代わる理論体系。
物質のもつ「粒子性」と「波動性」という二重性、また「観測」(Measurement)による測定値の不確定性などを基本とする。
流れていく「時間」が同時存在の「空間」の中に限定されてあるという、「時間軸」と「空間軸」の同時存在

従来型コンピュータ(古典コンピュータ)の情報単位は「ビット」であり、「0」と「1」の状態の「どちらか」しか取ることはできません。しかし上述の「量子力学」の原理を用いた新世代の「量⼦コンピュータ」(Quantum Computer)では、情報単位は「量子ビット」(Qubit)であり、「観測」されるまでは「0」と「1」の状態を同時に⽰している様に⾒えることがあります。すなわち、「0」でもあり「1」でもある。あるいは2つの状態が「同時に存在する」といえます。

「量子コンピューティング」(Quantum Computing)では、量子ビットが同時に複数の状態に存在できる「量子重ね合わせ」(Quantum Superpositionや、複数の量子ビット同士が結びつき(遠く距離が離れていても)一方の状態が他方の状態に影響を及ぼす「量子もつれ」(Quantum Entanglementの性質があります。これらにより、1つの量子ビットで複数の状態を「同時」に表現し「並列処理」を可能にします。例えば、2つの量子ビットがあれば、「00」「01」「10」「11」の4つの状態を同時に表現できます。n個の量子ビットでは2のn乗の状態を同時に扱えるため、計算能力(超高速計算)が指数関数的に増大します。

IOWN の核となるのは「光」の技術であり、「量子」の一つである「光子」(Photon)は前述の通り「粒子性」「波動性」という二重性を有しています。粒子」とは存在するかしないかが明確な物質のことであり、数えることのできる「デジタル」なものです。一方で「波動」は、連続して切れ目のない「状態」を表しており、数えることのできない「アナログ」なものです。従来型コンピュータは、「デジタル」な「0」か「1」を表すビットが情報単位になっており、その計算能力の向上により大量で高速の処理を実現してきました。これに対して量子コンピュータは、さらに「量子」の「アナログ」な性質を重ね合わせることで、「0」と「1」それぞれの「状態」をも情報単位とすることを可能にしました。

IOWN に代表される様に、今後、情報処理・通信技術の飛躍的発展が進む中、量子技術は、それをさらに加速する推進力となり、社会的課題の解決も含め様々なイノベーションに繋がることが期待されています。NTT 研究所 NTT R&D Website | 日本電信電話株式会社 では、量子コンピュータの能力を最大限発揮するアーキテクチャ実現に向けた「理論研究」と、実用化に向けたシステム・ソフトウェア「技術開発」の、両輪での取り組みを進めています。

※参考文献

『西田幾多郎―無私の思想と日本人』、2014年(平成26年)、佐伯啓思、新潮社
『自由と民主主義をもうやめる』、2008年(平成20年)、佐伯啓思、幻冬舎
『パラコンシステント・ワールド―次世代通信 IOWN と描く、生命と IT の〈あいだ〉』、2021年(令和3年)、澤田純、NTT 出版
『さらば、民主主義―憲法と日本社会を問いなおす』、2017年(平成29年)、佐伯啓思、朝日新聞出版
『反・民主主義論』、2016年(平成28年)、佐伯啓思、新潮社
『アメリカにおけるデモクラシーについて』(原題<仏>:De la démocratie en Amérique)、Alexis de Tocqueville、岩永健吉郎(訳)、2015年(平成27年)、中公クラシックス

時論カテゴリー

時論人気記事

時論関連記事

PAGETOP
ページトップヘ