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時論

※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の公式見解を示すものではありません。

2024年米国大統領および連邦議会選挙(11月5日投開票)は、主流派大手メディアの喧伝に反して共和党の Donald Trump 前大統領が民主党擁立の非白人女性候補(現職副大統領)を獲得選挙人数「312 対 226」(総数538人)の大差で圧倒、早期に順当な決着をみました。米国大統領への再選失敗後の返り咲きとしては、1892年の Grover Cleveland 大統領以来132年ぶり、史上2人目の例となります。また行政府(White House) に加え立法府(連邦議会)においても上院(議席定数100を共和党が制し下院(議席定数435)も同党が過半数に迫る勢いとなり、今後の政権運営にとって盤石の基盤が得られました

【後日追記】下院も共和党が過半数に達し、大統領職と上下両院を制する完勝(trifecta)の結果となりました。(2024年11月14日)

本稿では、Donald Trump 次期大統領(以下、「大統領」)が、本大統領選で再び米国民の熱狂的支持を獲得した背景を考察ののち、「伝統的価値観」と共和党の支持基盤である「福音(ふくいん)派」(Evangelical)の実像に着目します。また民主主義の成り立ちとその功罪、および Donald Trump 大統領による民主主義や既存政治思想への対峙状況について触れます。

①米国社会の根底で生起した文化的反動

Donald Trump 大統領が「民主主義と(米国主導による)国際秩序を破壊する」あるいは「米国社会を分断する」人物であると、大手メディアが喧伝して久しくなります。しかし筆者は、共同通信社のワシントン支局長などを務めたジャーナリスト・思想史家の会田弘継氏が、その著書『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』で述べる内容に首肯しえます。すなわち、この根底にあるのは「多数の被支配層」である有権者(国民)、すなわち「非主流派」で「伝統的価値観」をもつ「地方・内陸部」の中間層(白人労働者階級)が、「少数選良(elite)の支配層」である政治家や大資本、すなわち「主流派」で「進歩的」な「都市・沿岸部」の「リベラル」(liberalism)知識層に対して抱く、Ressentiment(ルサンチマン:後述)かもしれません。

今回の大統領選における共和党の勝因は、換言すれば民主党の敗因であるといえます。その表層にあるのは、現政権下の4年間に(極論すると2010年代以降の民主党政権下で)進んだ、厳しい inflation と経済(所得)格差の拡大、また地域格差や階級格差の拡大などが挙げられ、これらが「原因」であるとされます。経済格差については、1990年代における米国産業構造の転換(製造業⇒IT・金融等のサービス業)や不法移民問題とも密接に絡み、中間層の崩壊を招いています。また階級格差については、学歴格差(高卒以下と大卒以上)による景気恩恵(雇用や賃金)の受益に差異が生じていることに不満が高まっています。さらに米国民が「(経済の)グローバル化」(globalization)と「(政治・軍事の)対外介入」路線の継続を望まず、「米国第一主義」(America First)と「国益・主権重視」への転換を選択したことも特筆されます。

千思万考するに、そうした熾烈な格差社会を生み出したのは、より根源的なもの、すなわち社会の根底にある「文化対立」であり、これが「真因」であろうと考えます。そして今回の大統領選における結果もこうした「文化的反動」がもたらした帰結といえます。この数十年における「リベラル」(liberalism)な政治社会思想の世界的拡大(西側民主主義国)とともに、「伝統的価値観」を重んじる「保守」(conservatism)の縮退が見て取れます。これに歩調を合わせて、「政治的適正性」(Political Correctness)の際限なき跋扈(ばっこ)が感じ取れます。またこうした潮流は、米国を発信源として各国の社会に伝播(でんぱ)するものと思慮します。

Political Correctness とは、「多様性」(diversity)や「平等」(equality)といった理念先行の「社会的正義」を過度に尊重する、「リベラル」政治思想に依拠した考え方です。これは、人種や性別をはじめとする際限なく広範な対象への「偏見」(prejudice)や「差別」(discrimination的表現を、一律に「不適切」(inappropriate)と断じ、中立的で穏当な表現への置き換えを推し進めるものです。極論すれば国際社会(西側民主主義国)公認の「偽善」(Hypocrisy)とも換言できましょう。これには反面、「(被差別側からの)逆差別」「(多様性への寛容度が増すことによる)社会秩序の崩壊」や「(公平性を欠いた)悪平等」を指摘する見方も少なくありません。またこの Political Correctness には自ずと「同調圧力」(Conformity Pressure)が伴います。

こうした「社会的正義」を唱える政治社会思想への忌避感や疲弊が、(少なくとも)2010年代以降の米国社会に増した結果、今回の大統領選でその不満の矛先が民主党政権とその擁立候補(現職副大統領)へ向けられたといえます。そして、数多の美しく高邁な「理念」(rhetoric)よりも、現実の生活に直結した「解決策」(solution)を米国民が望んだ先に、Donald Trump 大統領の復権をみたものと推察します。現政権下で生じた、新型コロナウイルス感染拡大対応に伴う「社会の閉塞感」(対面交流や外出・消費等の自粛、在宅勤務やマスク着用等の圧力など)も悪い要因として重なったといえます。また WOKE とは新たな「左翼意識に目覚める」ことを揶揄する流行語で、米国で植民地時代から定期的に起きる宗教上の熱狂を指す「大覚醒(Great Awakening)」のもじりです。Donald Trump 大統領の支持者は、上述の「社会的正義」を過度に尊重する勢力を WOKE と呼んで敵視し、米国社会から自由を奪い「伝統的価値観」を破壊する存在であると考えています。

②伝統的価値観と共和党の支持基盤「福音派」

米国における「伝統的価値観」の有り様を捉えるにあたっては、「宗教」や「道徳」「倫理」の領域が大きな割合を占めます。国内最大の「宗教右派(宗教保守)」(Religious Right)と総称される勢力である「福音派」は、聖書の字義に忠実なキリスト教(プロテスタント系)原理主義者で、教会を基盤とする信仰心の極めて強い信徒です。

昨今の選挙戦で大きな争点となっている、「性差」(gender)「中絶」(abortion)また「不法移民」(illegal immigrants)等の問題に対して、同勢力は長年「共和党」選挙運動の中核を占め、強固な支持基盤を形成・維持しています(正確には White Evangelicals によるもの)。またこの「福音派」とともに「宗教右派」を構成するものに、「キリスト教原理主義」(Christian fundamentalism)が挙げられます。こうした勢力は、キリスト教徒(プロテスタント)の「伝統的価値観」を政治に反映させるため、投票参加や選挙運動、ロビー活動などの政治活動を積極的に行うことで知られています。

さらに、バージニア州リンチバーグに本拠を置いた「モラル・マジョリティ」(Moral Majority)は、バプテスト教会の牧師 Jerry Falwell 氏が、保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」(The Heritage FoundationThe Heritage Foundation 初代代表で新右派の Paul Weyrich 氏とともに、1979年に創設したキリスト教保守派ロビー団体です。1980年代、第1期 Ronald Reagan 政権当時に活動の最盛期を迎え、最盛期には400万人以上の会員と200万人以上の寄付者を獲得する勢力となりました。

③ Political Correctness と Ressentiment

「民主主義」(Democracyとは、国民(民衆)が「選挙権」(Suffrage)を行使して自らの代行者(代議員)を選出し、選出された代行者が国民(民衆)の意思を代行し、「多数決原理」(Majority Ruleの下に権力を行使するものです。「民主主義」の起源は古代ギリシャにあって、「君主政治」(Monarchy)や「貴族政治」(Aristocracy)との対比で用いられていました。しかしながら「民主主義」は、その後「衆愚政治」(Mobocracy)などを意味する蔑称として否定的な捉え方をされ、ようやく近代になって肯定的な概念として復権、(ごく近時の)第一次世界大戦後になって全世界に広まったものでした。

古代ギリシャの哲学者 Plato(プラトン)は「貴族政治」を擁護し、「民主主義」に対しては明確に否定的・批判的立場をとり、Aristotle(アリストテレス)もまた若干の留保付きながら同様の立場をとりました。さらに、時代を下ってドイツ人哲学者の Friedrich Nietzsche(ニーチェ)氏もまた「貴族政治」に共感を表明。既存のキリスト教的道徳性を批判し、この理念を継承した政治制度として「民主主義」にも批判的立場をとりました。著書『Zur Genealogie der Moral(道徳の系譜)』の中で同氏の説いた Ressentiment とは、社会的弱者(民衆)が強者(支配層)に対する憎悪や怨恨、嫉妬を満たそうとする復讐心を指しますが、「民主主義」運動などにおいて、こうした群衆心理があてはまるとされます。

前述の会田氏は、現在起きている米国社会の対立軸は既存の左右勢力(民主党・共和党)間にあるのでなく、極論すれば上下間、すなわち「支配層」(「進歩主義」に立つ知識階級)と「被支配層」(「伝統的価値観」をもつ白人労働者階級)間で生じている「文化対立」(一種の階級闘争)であると説いています。近時の二大政党で「主流」を占める勢力として、民主党では「新自由主義」(Neo-Liberalism)、共和党では「新保守主義」(Neo-Conservative)がこれにあたります。Neo-Liberalism は1990年代の Bill Clinton 政権以降にみられる、「経済」を最重要政策として打ち出した、「小さな政府」や大幅な「規制緩和」を標榜する中道左派グループ、また Neo-Conservative は1980年代の Ronald Reagan 政権以降にみられる、対外民主化拡大と自由貿易および対外介入(武力行使)を推し進めた、左派からの転向組が多数を占めるグループです。

しかし2016年大統領選を機に、これら「主流派」勢力の圧倒的な支配力は次第に影を潜めていきます。これに対して、Donald Trump 大統領と側近グループがその主張において依拠したのは、以下に挙げる複数の要素であると考えられます。(筆者は④に最も傾注)

①知識人(思想家)の James Burnham 氏と継承者の Samuel Francis 氏、その体現者である保守派論客 Patrick Buchanan 氏らによって1990年代に唱えられた、Technocrat(技術官僚)支配下の労働者を取り込むPopulist 経済政策」、同じ文脈で、政治家や大資本に対して労働者の抱く反感・憎悪・猜疑心の受け皿となる「Populism 運動」、また所謂「物言わぬ多数派」(Silent Majority)もここに包含
②上述の思想家らにより提唱された、「貿易保護主義」「移民排斥(国境管理)」「米国第一主義」といった「孤立主義外交」の思想潮流
Stephen Bannon 氏影響下の Alternative Right と呼ばれる「白人民族主義」勢力と 、これによるTechnocrat 支配を打破する動き(①とも関連)、また所謂 Nationalist もここに包含
④「伝統的価値観」を重んじる「福音派」等の宗教右派勢力(前述)

「米国第一主義」は、建国時に遡る「孤立主義」(IsolationismMonroe Doctrine)に通底するものともいえます。また「清教徒」(Puritan)が英国から逃れて大西洋を渡り建国の祖となった米国では、その当初から「福音派」の流れが醸成されてきました。いみじくも、再来年(2026年)の「建国250年」を Donald Trump 大統領の下で迎える米国。本大統領選の結果が示す米国発の潮流「Political Correctness からの反動」は、日本を含む国際社会(西側民主主義国)へ早晩の伝播が必至といえましょう。

【後日追記】関連記事の紹介 『Sylvester Stallone Is Latest Celeb to Back Trump, Calls Him a “Second George Washington” at Gala』,November 15, 2024,The Hollywood Reporter
Sylvester Stallone Calls Trump 'Second George Washington' at Gala

※参考文献

『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』、2024年(令和6年)、会田弘継、東洋経済新報社
Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis』, 2016, J. D. Vance
『現代アメリカ保守主義運動小史』(原題:A brief history of the modern American conservative movement)、2008年(平成20年)、Lee Edwards、渡邉稔(訳)、明成社
『アメリカにおけるデモクラシーについて』、Alexis de Tocqueville、岩永健吉郎(訳)、2015年(平成27年)、中公クラシックス

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